スーツケースは単なる荷物の収納箱ではなく、旅をともにする道具であり、その人の生活や価値観を映す存在でもある。リモワ(RIMOWA)の製品が世界中で長く愛され続ける理由は、単に「頑丈だから」や「高級ブランドだから」という枠に収まらない。むしろ「移動を快適にし、旅そのものを美しくする」という哲学が細部にまで息づいている点にある。
アルミニウムを外装に用いたスーツケースは、最初から「傷がつかない」ことを目指していない。むしろ移動を繰り返すうちに現れる擦り跡や凹みを、その人だけの記録として刻むキャンバスと捉えている。新品の光沢は出発点にすぎず、数年後には旅の履歴書のように変化していく。プラスチック製のモデルですら、表面処理や構造の工夫によって「ただ軽いだけ」では終わらない個性を備えている。
キャスターの動きやハンドルの握り心地も、実際に使うと分かる哲学の一部だ。駅のホームで人混みを縫うとき、あるいは石畳の道を歩くとき、スーツケースは持ち主の身体と同じリズムで動く必要がある。リモワはこの「動きの同調性」を重視しており、単なる耐久試験ではなく「旅の動作」を研究したうえで設計を繰り返してきた。
興味深いのは、リモワが「最新技術」だけを追っていない点だ。航空会社との共同プロジェクトやデジタルロックの導入など、もちろん革新的な試みもある。しかし、その根底には「道具は旅人に寄り添うべきであり、主張しすぎてはならない」という控えめな姿勢がある。つまり、目立つデザインで注目を集めるのではなく、長年使ったときに自然と手に馴染み、結果的に愛着が湧くことを理想としている。
リモワのスーツケースを持つと、移動の時間が「単なる移動」から「ひとつの体験」へと変わる。空港でチェックインを待つ数分、宿泊先に向かうタクシーの中、あるいは帰宅して収納する瞬間ですら、旅の余韻を形として残してくれる。そうした「移動そのもののデザイン」が、他の多くのスーツケースと一線を画しているのだ。
リモワは高価な選択肢であることは間違いない。しかし、もし一度でも「旅を記録する相棒」としての存在を意識してしまったなら、価格の基準は単なるコストではなく、時間や体験を豊かにするための投資に変わるだろう。